ジャズが聴こえる

私の好きなジャズレコード、ミュージシャンの紹介や、ジャズにまつわる思い出話などを綴っていきます。

Jazz Giant(バド・パウエル)

ジャズ・ジャイアント

#1から#6までは1949年、#7以降は1950年の録音で、バド・パウエルが25~26歳の時の録音です。バド・パウエル絶頂期ではないでしょうか。

『Jazz Giant』(Verve 1950年)

Bud Powell(pf)
Ray Brown(b) <#1~#6>
Curly Russell(b)<#7~#13>
Max Roach(ds)

【収録曲】
#1 Tempus Fugue-it
#2 Celia
#3 Cherokee
#4 I'll Keep Loving You
#5 Strictly Confidential
#6 All God's Chillun Got Rhythm
#7 So Sorry Please
#8 Get Happy
#9 Sometimes I'm Happy
#10 Sweet Georgia Brown
#11 Yesterdays
#12 April in Paris
#13 Body and Soul

ちなみに、有名な「Cleopatra's Dream」が収録されている『The Scene Changes: The Amazing Bud Powell (Vol. 5)』は1958年の録音で、もう少し歳をとってからです。
さらに参考までにチャーリー・パーカーを調べると、パーカーは1948年に、サヴォイでの最後のレコーディングを終えています。パーカーの全盛期(あくまで私が感じる)は過ぎつつあるところです。ちなみにちなみに、第二次世界大戦が終わったのが1945年でした。
そんな時代の録音でした。

さて演奏です。
バド・パウエルというと、やはりまず右手のライン、そのテクニカルな部分、つまり速さが凄い!と感じます。パーカーもそうですが、早いパッセージがそのころのビバップのひとつの特徴だったわけです。
ただ、後年、テクニック的にはもっと速い(細かい)フレーズを弾きこなす人たちも続々出てきますから、今現在バド・パウエルを聴くのに「速さ」だけ聴いてもちょっとなぁ、と感じます。

私が好きなバド・パウエルは、ミディアムテンポの曲であったり、ソロ演奏であったりします。もっとも、私自身がミディアムテンポの曲や演奏が好きだったり、ソロピアノが好きだったりするだけなのかもしれませんが…。
ですが、そういう曲のほうが、プレイヤーの「歌い方」がよく聴き取れて、私にとっては楽しめるのです。

このアルバムでいうと、ミディアムテンポの「Celia」「Strictly Confidential」、ソロピアノの「 I'll Keep Loving You」ですね。
どれも、バド・パウエルの息遣いが聞えてくるような演奏です。特に「 I'll Keep Loving You」は、アップテンポでの攻撃的とでも表現したくなる演奏とは打って変わって、こういう一面もあるのか、とバド・パウエルの奥深さを感じさせてくれる演奏です。素晴らしい演奏です。

 

Somewhere Before(キース・ジャレット)

サムホエア・ビフォー

キース・ジャレットが23歳の時、1968年の演奏です。
チャールス・ロイドのバンドに在籍していたか、やめるか、時期的にはそのあたりの録音のようですね。(アバウトで申し訳ないです…)
その後1970年にマイルス・デイビスのバンドに参加、1975年にケルンコンサートを録音、1983年に以後の活動を方向付ける『Standards, Vol. 1』を録音します。

『Somewhere Before』(Vortex Records 1969年)

Keith Jarrett(pf)
Charlie Haden(b)
Paul Motian(ds)

【収録曲】
#1 My Back Pages
#2 Pretty Ballad
#3 Moving Soon
#4 Somewhere Before
#5 New Rag
#6 A Moment for Tears
#7 Pouts' Over
#8 Dedicated to You
#9 Old Rag

 1曲目の「My Back Pages」で、いきなりガツンとやられます。ボブ・ディランの曲です。ピアノの演奏法、装飾音符の使い方、タイム感、どれも素晴らしく、キースそのものです。
オリジナルのボブ・ディランの演奏は、このキースの演奏を聴いた後に、オリジナルも聴きたいと思って聴きました。とても素朴でシンプルな曲です。
以後、スタンダーズトリオでの演奏、ソロピアノでの演奏でも、とてもシンプルな曲を、キースは大変美しく、表情豊かに演奏します。複雑なコード進行の曲ではなく、シンプルな曲を素材にしてこそ、キースの真骨頂を発揮する気がします。

そのほかの曲も、様々なスタイルの曲を聴くことができます。
後年のキースにつながる演奏を聴くことができます。

私が最初に、大まかなその後のキースの活動歴を書いたのは、この『Somewhere Before』に、その後も変わることのないキースの音楽の原点を、たくさん聴けるように思えるからです。
ソロやトリオでのスタンダードの演奏活動を続けていくのですが、23歳の演奏に、すでにしっかりキースの演奏の神髄が詰め込まれている、そんな感じがするのです。

逆に言えば、その人のスタイルというのは20代前半で、その土台は出来上がっているのだ、ということでしょうか。
キースみたいな凄い人と比べるのは申し訳ないのですが、私も、20代前半のころに、ものの考え方や、好み、志向が決まり、それ以後は変化があったとしても、それほど大きな転換はなかった気がするのです。
そんなことも、23歳のキースの演奏を聴くと考えてしまいます。

京都三条河原町、ジャズ喫茶「BIG BOY」の日々~モトヤス君~

1980年代、私が学生時代にアルバイトをしていた、京都三条河原町近くのジャズ喫茶「BIG BOY」での日々を綴ります。


モトヤス君とは、「BIG BOY」のバイト仲間の中でも特に親しい仲でした。
年齢が同じだったこともあると思います。彼とは「BIG BOY」が閉店してからも付き合いが続き、一緒にバンドや練習をしたこともあります。
彼はテナーサックスを吹いていて、コルトレーンが彼のアイドルでした。

実は彼、本来のニックネームは「テロ」でした。
しかし、今の時代にこのニックネームはさすがにまずいだろうし、ここにこのニックネームを連発して書いてしまい、変な検索にでも引っかかったらいやだから、本名のモトヤス君と、ここでは書かせてもらいます。
そもそも、なぜそんな物騒なニックネームがついたかというと、彼はバイクも好きだったのですが、ある時バイクに乗っていてタクシーとトラブルになり、タクシーに蹴りを加えたというらしいのです。
ただこの話は目撃者もはっきりしないし、どこまで本当か分かりません。私も彼にその話を聞いたこともないので、どの程度の事件だったのか分からないままでした。

そんなモトヤス君は、感受性が強く感情的になることは多々ありましたが、そんな凶暴で暴力的ではなく、優しい、いい奴でした。
私は彼と仲良くしていたわけですが、彼は何事にも積極的で社交的な性格だったので、彼からすると、私とだけ特別に仲が良かったわけではないと思います。彼の周りにはいつも沢山の友人や知り合いがいました。引っ込み思案で人づきあいが苦手な私にとって、そんな彼は羨ましい存在でした。

彼からはジャズのこと、音楽のことを沢山教えてもらいました。
営業が終了した後も店に残って、彼の楽器を吹かせてもらったりしました。彼はソプラノもフルートも持っていました。
彼の楽器で初めてサックスを鳴らしてみた私は、リードの振動が口から頭全体、そして体中に広がるのを感じて驚きました。私自身はピアノを弾いていたのですが、ピアノとの違いです。
ピアノも指からはもちろん、体全体で楽器の「鳴り」を感じることはできますが、サックスは本当に体と一体化している感じがしました。ちょっとサックス奏者がうらやましく思えました。

レコードも彼から教えてもらったものはたくさんあります。
「BIG BOY」にはアップライトピアノが置いてありました。営業後に居残って、ピアノを弾いたりもしましたが、ある時彼が、ピアノに向かってある旋律を弾きだした。私にはそれが、ラーメンのチャルメラのメロディに聞こえました。
「なにそれ、チャルメラ?」と私が言うと、彼はとてもがっかりした顔をして「ちゃうって!」と言って、レコード棚に所にいき、あるレコードを取り出してターンテーブルに乗せたのです。
トランペットの音色が響き渡ります。
マイルス・デイビスの「Milestones」でした。モトヤス君には失礼ですが、彼が弾いていたのと違い、とてもカッコよかったのです。それからしばらくは、そのレコードにはまってしまいました。

キース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』を初めて聞かせてくれたのも彼でした。
彼はオーディオにも詳しく、レーベルによる音の違いにも詳しく、『ザ・ケルン~』などのECMサウンドも高く評価していました。
同じくECMから出ているレスター・ボウイの『The Great Pretender』も教えてくれたのも彼です。このレコードもその後、私のお気に入りの一枚になりました。
私は彼と一緒に、営業後の店に残って、ひたすらジャズを聴いていたのです。

そんな彼とも衝突することはありました。お互い、真剣に言い合うから、衝突するときも真剣でした。
ある夜、営業後の店で彼とビールを飲んでいました。何が原因で言い合いになったのか、もう忘れてしまいましたが、私は話の途中で激高して、自分で頭からビールをかけたのです。
いったいなぜ、自分にかけたのかも覚えていません。モトヤス君にではなく自分に、です。それを見たモトヤス君は手を叩いで笑い、新しくビールの栓を抜き、それを私の頭から注いだのです。
その後、取っ組み合いの喧嘩になるわけでもなく、お互い相当酔ってもいたし、何となく場が白けてしまい、私は先に帰ることにした。

地下にある店を出ると、もう外は朝で、通勤や通学の人たちが沢山いました。それはそうです。「BIG BOY」は午前2時までの営業で、それからかなり飲んでいたから、店を出るころには世間の一日は始まっていたのです。
確か晩秋のころだったので、ビールをかぶった私は寒さに震えました。そして市バスに揺られて帰宅したのです。車内は通学の人で混んでいて、当然女子学生も多数乗車していました。私は髪も服もビールで濡れていて、周りに相当な匂いを発していたはずです。私は早くバスが着いて降りることだけを願っていました。

その後、その時の言い合いの話がモトヤス君との間で出たことはなく、すぐいつもの仲がいい関係に戻りました。酔った勢いの話で、おそらく大した衝突ではなかったのかもしれません。
ビールまみれの朝の市バスも、彼との思い出の一つです。
その時の衝突の原因は忘れてしまったのですが、私にとってモトヤス君は真剣に言い合える数少ない友人の一人でした。

Selflessness: Featuring My Favorite Things(ジョン・コルトレーン)

セルフレスネス・フィーチャリング・マイ・フェイヴァリット・シングス

「My Favorite Things」はコルトレーンの演奏曲としてはとても有名ですよね。
1960年にリリースされたアルバム『My Favorite Things』以外に、後期のフリーフォームでの演奏に至るまで、ライブ録音もいくつか残されています。

その中で、このアルバムの「My Favorite Thngs」が、私のお気に入りです。

『Selflessness: Featuring My Favorite Things』(Impulse!  1969年)

John Coltrane(ts,ss)
McCoy Tyner(pf)
Jimmy Garrison(b)

#1,#2
Roy Haynes(ds)

#3
Pharoah Sanders(ts)
Donald Garrett(cl)
Elvin Jones(ds)
Frank Butler(dr)
Juno Lewis(vo,per)


【収録曲】
#1 My Favorite Things
#2 I Want to Talk About You
#3 Selflessness

このアルバムの聴きどころは、とにかく「My Favorite Things」です。1963年のニューポート・ジャズフェスティバルでの演奏です。
最初のイントロが格好いいんです。ハッと思わず顔を上げてしまう、そんなインパクトのあるコルトレーンのサックスからスタートします。

そして、ドラムスのロイ・ヘインズの存在もポイントです。この当時はコルトレーンバンドのドラムスはエルヴィン・ジョーンズにほぼ固定されていたのですが、この時はロイ・ヘインズがドラムスです。エルヴィンと比べることなどできないのですが、ロイ・ヘインズがドラムということで、この演奏がとても良いものになっているのは事実かな、と思います。
エルヴィンが相手ではないのですが、コルトーレーンは激しい演奏を繰り広げます。その後のコルトレーンを考えれば、決して長くはない演奏時間の中で、密度が濃い演奏となっています。
最初に聴く「My Favorite Things」のライブ録音としてはお勧めです。

3曲目「Selflessness」はロイ・ヘインズではなく、おなじみエルヴィン・ジョーンズがドラムです。その他のメンバーも1・2曲目と3曲目では少し違っています。
これは1・2曲目は1963年のニューポート・ジャズフェスティバルのライブ録音、3曲目は1965年のスタジオ録音なためです。
リリースは1969年とありますが、コルトレーンが没後のリリースになりますね。

その後、ニューポートでの他の演奏や他のライブ演奏と合わせて、1993年に『Newport '63』もリリースされています。

私の手元にあるレコード&CD(大好きな演奏なのでアナログ・デジタル両方持っているのです)は、画像にある、ブルーのウネウネしたが背景のものですが、違うジャケットのものも、ジャズを流すお店で見た記憶もあります。
私の知らない、盤も出ているのかもしれませんね。とにかく1963年、ニューポートでの「My Favorite Things」で探してもらえれば間違いないです。

京都三条河原町、ジャズ喫茶「BIG BOY」の日々~レコード・ノート~

1980年代、私が学生時代にアルバイトをしていた、京都三条河原町近くのジャズ喫茶「BIG BOY」での日々を綴ります。


果たして「レコード・ノート」と言っていいのか分かりません。
特に名前はなかったノートでしたが、何のレコードをかけたか記録しておくノートが、「BIG BOY」にはありました。

「BIG BOY」ではレコードをかけるのはホールの仕事でした。また、お客さんから時々レコードのリクエストがあって、それを受け付けるのもホールでした。
だから、ホールはみな割とやりたがったのです。自分の好きなレコードがかけれるからです。
一方で、今日はあいつがホールだけど何からかけるのかな、きっとあれをかけるぞ、みたいな従業員同士の楽しみもありました。

私の手元には1冊、このレコードノートが残っています。今、見返すと、ジャズに満たされた「BIG BOY」の様子が思い出されます。

ある日のノートは、こんな感じです。

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レコードノート

ページの上に書いてある「くま」「姉」などは、その日のバイトメンバー、左ページが早番、右ページが遅番、これは12/5の給料日のページです。

お客さんからリクエストされたレコードの頭には「R」と書かれています。この日はリクエストは少なめです。
レコードに対するスタッフの気ままなコメントや、仕事中のぼやきなども書き込まれています。

私が初めてレコードを選ばせてもらったのは、まだ働き出して2~3日ぐらいだったと思います。
ジャズを知りたくて働き出したくらいですから、まだ大してミュージシャンの名前も、レコードの名前も知りませんでした。
レコード選んでいいよ、と言われて困ってしまっいましたが、何となく選んだのが、アーチー・シェップのレコードでした。
バイト仲間はみな「え~!!」と驚きました。そんなに驚かれた私が、驚くくらいでした。
確かに今にして思うと、いきなりシェップは驚くと思います。その時の私は、シェップなどそもそも知らなかったし、聴いてみたくて何となく選んだだけでした。
残念ながらレコード名は覚えてなく、どういう感じだったかも覚えていなです。覚えられるわけがないです。その時はまだジャズのアドリブが、全部同じように聞こえていたレベルだったのだから。

最初はお客さんのリクエストを聞くのもいやでした。
ミュージシャンやレコードの名は全然知らないから、ボソボソ言われたり早口で言われたりすると、知らないだけに聞き取ることができないのです。だからホール担当の時は少し緊張しました。

ある時お客さんから、「〇×▽の、☆◎□をかけてくれ」と言われて、良く聞き取れず、他のスタッフに聞きにいったことがあります。
「ことるれーんの、ぶるーれいんって言われたけど、ある?」

こんな私が、今は偉そうに、コルトレーンのおすすめにブルートレインを紹介している訳です。

こうして思い返すと、「BIG BOY」にいた期間は1年に満たなかったけど、「BIG BOY」で私はジャズを知ったんだな、と思います。

Easy Living(ソニー・ロリンズ)

Easy Living

テナーサックスの大御所、ソニー・ロリンズです。
ロリンズには名盤と呼ばれるものが多数ありますが、あえて今回はこれを取り上げてみます。
1977年に録音、ロリンズが40代後半のころですよね。エレクトロニクス楽器も取り入れた演奏です。

このアルバムのいいところは、選曲ですね。1曲目のスティービー・ワンダーの「Isn't She Lovely?」は、発売当時、話題になったそうです。
いいアルバムだと思うのですが、他のロリンズの作品、例えば『Saxophone Colossus』や『Tenor Madness』ほど有名ではなく、そのうち時代に埋もれて忘れ去られていきそうで、とても残念なので、ここで取り上げてみます。まぁ、私が取り上げたところで、何か変わるわけじゃないんですが…。

『Easy Living』(Milestone 1977年)
Sonny Rollins(ts,ss)
George Duke(pf,e-pf)
Tony Williams(ds)
Paul Jackson (b)
Charles Icarus Johnson(gt)
Byron Miller(b)<#1>
Bill Summer(per)
【収録曲】
#1 Isn't She Lovely?
#2 Down the Line
#3 My One and Only Love
#4 Arroz con Pollo
#5 Easy Living
#6 Hear What I'm Saying

まずは「Isn't She Lovely?」、イントロ部のジョージ・デュークのソロから入るのですが、これがいいです。
エレピを使っているのですが、アコースティックピアノとは違う、強弱による音色の違いが上手く引き立っていて、グルーブ感にあふれています。エレピを使って大成功!といった感じです。

このジョージ・デュークを起用した、というのが、このアルバムのひとつの大きなポイントかな、と思います。そしてトニー・ウイリアムスですよね。彼もの参加も大きいです。
新しい世代、新しいサウンド、それらとの融合、とでもいうのでしょうか。それらに触発されたかのように、ロリンズも全編にわたって、時に軽快に時に熱く演奏を繰り広げています。

スティービー・ワンダーの曲でスタートするのですが、「My One and Only Love」「Easy Living」という昔からのジャズスタンダードも演奏されていて、これもいいですね。
ロリンズらしい、朗々と歌い上げるとでもいうのでしょうか、そんな感じです。

実は実は、私は学生のころ、バンドでキーボードを弾いていて「Isn't She Lovely?」のジョージ・デュークのイントロ部分をコピーしようとしたんですね。上手くいきませんでしたよ。
そんな思い出もあって取り上げらさせてもらったのですが、私の個人的思い出を抜きにしても、忘れ去られてほしくない、いいアルバムだと思います。

京都三条河原町、ジャズ喫茶「BIG BOY」の日々~オーダーサイン~

1980年代、私が学生時代にアルバイトをしていた、京都三条河原町近くのジャズ喫茶「BIG BOY」での日々を綴ります。


「BIG BOY」でのアルバイトは、ホールとカウンターに担当が分かれていました。
当日その日のメンバーによって、「今日、俺、ホールいくわ」みたいに決まっていったのです。

一応カウンターは、簡単ものですが、カクテルやフードも作ります。だから、それが作れる者になりますが、いずれも簡単なフード・ドリンクなので、私でもすぐにカウンターに入ることができました。
ホールは、オーダーを聞き、テーブルへ上げ下げして、会計をすることと、レコードを選んでかけることが仕事でした。

「BIG BOY」ではホールとカウンターの間に、オーダーに関しての決めごとがりました。すぐにオーダーされたものを出せるように、お客さんのオーダーを聞きながら、ホールからカウンターへ、こっそり手でサインを出すのです。
グループ客の中の一人が、なかなかオーダーが決まらない時など、サインで先に注文を送っていたお客さんには、先にオーダーしたものが届いたりもしました。
注文を聞いているはずの店員はずっとそばに立って、まだオーダーを聞いているのに、何故か別の店員がオーダーを届けにきてびっくりされたこともあります。

サインは覚えやすく、よくできていました。
一番多くオーダーが入るコーヒーは、親指を立てる「グッジョブ」みたいなサインです。アメリカンは逆に親指を下げます。カフェオレは「オレ=俺」だから親指で自分を指し、ミルクは“おっぱい”だから胸を指します。紅茶は親指と人差し指でL字型を作ります。
それらがアイスになったら、親指が人差し指になります。例えば、アイス・オレは人差し指で自分を指すのです。アイスティーは人差し指を上に向けて親指とL字型を作りました。

フードやお酒のメニューには、あまりサインは決まっていなかったです。
その中でもスクリュードライバーは決まっていて、親指と人差し指でOKみたいに輪を作ってぐるぐる回しました。指で輪作るのはオレンジの「O(オー)」を表していて、それだけだとオレンジジュース、それをぐるぐる回すとスクリュードライバーというわけです。

フードではピザだけ決まっていました。なぜが握りこぶしを口に突っ込むのです。お客さんに見られたら「何やってんだ」と思われ、やるのに躊躇してしまいます。
あまり出ないメニューだから、ピザの注文に当たったホール担当は不運だった、ということです。

沢山のお客さんが来店する週末などは、このサインは特に便利でした。
今でこそファミレスや居酒屋などでも「ハンディターミナル」が当たり前に利用されていますが、そんなものがなかった時代に、こういう工夫をみんなでしていたのです。
その後も様々な飲食店でアルバイトをしたが、「BIG BOY」みたいにサインを使ってオーダーを伝えるような店に出会ったことはありませんでした。